【がっつり長女気質を身につけた幼少時代】

1974年1月

私はサラリーマンの父、

専業主婦の母の元に

二人の第一子として生まれました。

 

なんと産まれた時は4000g超えのビッグベイビー。

 

小さい頃から 割とマイペースで、歩くのも喋り始めるのも遅かったのです。

 

私は2歳でおねえちゃんになりました。

兄弟は弟と、妹。

三人兄弟の一番上なので、人のお世話をすることが大好きで、自分のことはさておき、弟妹のお節介ばかり焼いていました。

 

父にはよく

「人の世話より自分のことを先にやれ!」

と叱られていました。

中学時代、

私は合唱部に所属していました。

 

他のパートの声を聞きながら、ハモる心地よさ。

 

チームで合わせることを ここで存分に学びました。

 

高校時代は、ずっとやりたかった武道の道を志し弓道部に入部。

 

1年のうち、362日も弓を引く生活をしていました。

 

そこで、凛とした立ち振る舞いや姿勢、所作などが身についたのです。

 

高校卒業後は、すぐに就職し、高校から続けていた弓道と、新たにいけばなを習いはじめ、

まさに和の道まっしぐら。

 

かと思いきや、

アクティブにバイクに乗ったり、キャンプに行ったり

アウトドアも満喫し、

青春真っ盛りでした。

 

出逢い~結婚・出産・そして…】

 

 

二十歳を迎える前の私に、運命の出会いがありました。

 

それが夫となる人でした。

バイクという共通の趣味でつながっていた私たち。

二人でツーリングや、キャンプ、あちこちに行きまし

そして、23歳で結婚。

夫は、私のことが大好きな人で

「恵美、愛してるよ」

とか

「恵美、可愛い」

とか

「恵美を嫁さんにできて俺は幸せだ」

なんて、ドラマのセリフのようなことを恥ずかしげもなく言う人でした。

当時はまだまだ亭主関白が主流の時代。

正直に愛を語るなんて、

そんな男子は少なかったですよね。

きっと。

少なくとも、私の周りでは…ですけど。

その後、

結婚して2年目に長女が生まれ

3歳違いで次女が誕生。

夫は

「親バカ抜きにして可愛い」

と、娘たちをネコ可愛がりしていました。

 

私は、この幸せな結婚生活がいつまでも続くと信じきっていたのです。

なので、夫がストレートに、

素直に気持を言葉にして伝えてくれるのに、

 

私は 言葉にするのを後回しにして

感謝の気持ちや、

愛しているの一言を

伝えずにいました。

 

 

 

次女が1歳になってすぐ・・・

結婚生活が突然終わりを告げました。

夫の死によって・・・

 

私たちの共通の趣味だった、バイクの事故が原因でした。

夫が亡くなる三日前の夫婦の会話が忘れられません。

それは、次女が歩いたその日・・・

仕事で最初の一歩を見られなかった夫が、言った言葉です。

「俺は損してる。仕事で、可愛い娘が歩く姿も見られないなんて」

と・・

私は

 

「もう、大げさね。これからどんどん歩くんだから、いつでも見られるよ」

 

と返しました。

 

 

その時に夫が言ったのが

 

「歩き始めた、その一瞬は今しかない。それが見たいんだ」

 

というものでした。

 

 

 

その言葉は、14年経った今でも深く私の胸に残ります。

 

「今、この一瞬は今しかない」

 

その三日後、夫は31歳の若さで還らぬ人となりました。

 

 

当時、娘たちは3歳と1歳でした。

私は、夫に自分の気持ちを素直に伝えずにいたこと、

歩く姿なんてこれからいくらでも見られると言ったこと

どれほど後悔したかしれません。

しかし、、、

 

そんな後悔と絶望のさなかに友人から言われた

「(代わりに)うちの夫が死ねばよかったのに」

のひとこと。

言葉では言い尽くせないほどの衝撃を受けました。

 

なぜ、そんなことを言うような夫婦が出来上がるのか?

夫婦ってなんなんだろう…

 

それを考え始めるきっかけの言葉でした。

この日を境に、私の人生が180度変わったのです。

【娘たちの成長と新たな挑戦】

 

夫が他界し、人生が180度変わった私でした。

 

 

 

生きとし生けるもの、

 

明日生きている保証なんてどこにもないのに、

 

明日が確実にやってくると錯覚していたあの頃。

 

自分に正直ではなく、

後悔ばかりだった。

 

 

そんな経験をしたにもかかわらず、

なかなか自分を変えられなかった、変える方法が分からなかった

13年でした。

 

 

幸い、夫が遺していってくれたのか

人とのご縁には本当に恵まれて

 

色々な方の手を借りて、

娘2人を育ててきました。

長女が小学2年生のとき

LD(学習障害)があるとの診断を受け、

中学校時代の2年半、

 

福岡市内のフリースクールで

寮生活を送らせる選択をしました。

 

 

今は、

『制服を着て学校へ通いたい』

と言う、本人の願い通り

 

福岡の私立高校へ進学しました。

学習が楽になったかと言うと

決してそうではありません。

相変わらず、高校の授業では苦労が多いです。

 

しかし、

持ち前の明るさと、

積極的で行動的な性格で

 

アイドル活動も始め

学校との両立も大変ながら頑張って

 

青春を謳歌しています。

現在中学生の二女は

学校へ行かない選択をし

中学最後の1年を、フリースクールで送ることに決めました。

この先の高校進学は

バイトしながら通信制高校へ行き

お金を貯めて

海外留学するか、

ワーホリで働くんだ!

 

いや、声優になろうかな・・

などと、夢を口にしています。

 

そんな、個性的な娘2人に囲まれ、

そして一昨年、夫の13回忌を終え、

 

私もようやく、後悔のない人生を生きようと、

自分に素直に生きようと、

決めたのです。

 

 

 

夫が亡くなってから、恋愛がなかったわけではありません。

 

 

しかし、私の言葉の足りなさや、

甘えられない、伝えられない、正直になれない性分。

私が勝手に抱えていた罪悪感 など

 

 

色々な想いから、上手くいかなかった恋愛経験を経て

 

心理学を学び、

どうやってパートナーシップを築くのか?

どのようにしたら永遠に愛が続く夫婦になれるのか?

を、研究し続けました。

その結果、私の中にあった「長女気質」を手放し、

男女のパートナーシップだけではなく

人との関係性もうまく回り始め、

思春期である子どもたちとの関係も最高になり、

 

最愛のパートナーと、今も、これから50年先も一緒に歩くビジョンが見えています。

 

 

 

 

今後は、私自身の恋愛経験や心理学から得た学びと、

 

「魔法の質問」でのスキル

 

自分で手放した「長女気質」のこと。

 

17歳と14歳になった二人の娘たちの子育て経験

 

それらをもとに

 

 

 

 

夫婦・カップルのパートナーシップや

 

親子家族の絆を結ぶ提案をして行きます。

 

世界中の夫婦がいつまでも笑顔で仲良く手を繋いで歩く。

 

そんな世の中にするために!

 

 

この一瞬は、今しかない

 

『あなたはどんな人生を歩みたいですか?』

 

 

長い自己紹介でしたが

最後までおつきあいいただき

ありがとうございました。